クリスマスが終わり、幾分カップルが少なくなったようにもみえるが、

新宿駅南口は相変わらず待ち合わせの男女でにぎわっている。


キリスト生誕を拡声器で祝う、何かの宗教団体。

一心不乱にコンガを響かせるドレッドヘアの若者。


そんな人ごみの中から彼女を見つけるのは難義ではなかった。

モッズコートにローゲージのマフラー。きょうはメガネをかけている。

「寒かったよ」。

この日の東京は一段と寒さを増していた。

ビルの温度計は五度。

南国育ちの彼女はもう寒さには慣れたのだろうか。

近くで見ると、幼さが増していたように感じた。

髪を染めたからだろうか。

どことなく春っぽさを感じさせる栗毛色の髪。

四日前に切ったばかりなのだとか。

毛先の軽めのカールと相まって、まるで「お人形さん」。

お世辞ではなく。

二年経っても、三年経っても、

幼さばかりに拍車がかかっているようだ。

そんな彼女ももう二十六歳。

すっかりオトナの仲間入りをしているはずなのに。

元々化粧気はなかったが、この日は少しだけおめかししていた。

目尻のあたりがうっすらとグロスで輝いていた。

「流行のメイク?」と訊ねると、「定番だよ」と笑われた。

「もうあたしはオトナになりたいんだから」。唇をきゅっとかみしめた。

               ◇ ◇ ◇

彼女はまた仕事を辞めていた。


春先に一つ、夏ごろにまた一つ。もう数えるのも億劫だとか。

近況を話すにつれて表情が曇っていく。

ここ二、三カ月は、求職活動中だったという。


「もう販売の仕事もこりごり」。


颯爽とフロアに立ち、いきいきと洋服を売っていた

かつての彼女からは想像もできない言葉だった。


女優の卵、販売員、叶いそうで叶わなかった夢のかけら。


人間関係の壁にぶちあたったのだろうか。詳しいわけは聞けなかった。

最近はもっぱら事務職の仕事を探しているのだとか。

「仕事は順調なの?」彼女は急に話題を変えた。

男は彼女と対照的で仕事運に恵まれていた。

年明けからまた、大きな仕事が待っているのだという。

「そっか…よかったね…」聞いたことを後悔しているようだった。

何か明るい話題はないか思案していたところ、彼女が急に切り出した。


「正社員で採用されそうな会社が、一つありそうなんだ。いわゆる“OL”。

あたしのキャリアにはなかったな、OLって。なんか“オトナ”じゃない?」



二週間前に申し込んだが、まだ結果が返ってこないのだという。

最初に聞いていた話では、一週間で結果を伝えてもらえるはずだったらしい。


「むこうも忙しいから、きっと年明けに返事が来るんじゃないかな」。


就職に有利だからと勧められ、念願のパソコンも購入した。

「マックなんだよ、すごいでしょ。近々iPodだって買うんだから」

見た目重視の彼女らしい選択。

しかし、毎日毎日、「不採用」のメールばかりが届く。

「私、こう見えても一人で泣いたりしてるんだから。

だって〝不採用〟ってコトバ、〝あなたなんか社会に必要ない〟て

烙印おされたみたいなんだよね。ちょっと被害妄想強いかな?」

結果が出ないこと、そして何よりも自分の不甲斐なさ。

自分のことをよく分かってる彼女だからこそ、涙が溢れてくる。

「きっと返事来るよね?年末だから会社も忙しいんだよね?」

急に焦ったような表情で聞いてくる。


「〝待てば海路の日和あり〟だっけ?」

男は、前日に神社でひいたおみくじの言葉を思い出した。

「うーん…知らないけど、なんかありがたい言葉かな?わかんないや」

男の言葉はあまり響かなかったようだ。

「もしね、万が一だよ。私が内定したら、

会社にどんなメール返したらいいか、教えてね」


男は大きくうなづいた。

「ありがと」。

彼女はこの日初めて、満面の笑みを浮かべた。

                          ◇ ◇ ◇

「ご飯代は、出世払いでいいよ。だから頑張って」

男の精一杯の気遣い。

やけに静かな地下鉄の駅で二人は別れた。

男が眠りに就こうとした午前一時。

携帯電話が静かに鳴った。

彼女だ。

「内定、きまったよ。メールが届いてた。」

声が弾んでいた。

「来週、会社に行くことになったんだけど、返事ってどうやって書けばいんだろ?」


男は帰りがけに買った就職活動のマニュアル本を取り出した。


「〝内定のお礼・メール編〟」

男は部屋の鏡でおもむろに自分の顔を見た。表情が綻んでいた。



彼女は久々に実家に帰るそうだ。