研修で東京に行ってました。


場所はウルトラの里「祖師谷大蔵」のほど近く、

世田谷区砧(きぬた)。


おおくら大仏、旧円谷プロなどが近くにあったのに

結局見れていません。


研修はどうでもよく、今回の最大の楽しみは、

女優志望のある25歳♀との再会でした。


彼女は洋装の専門学校を卒業後、

飲食店やら販売員やら、数え切れないバイトをこなしながら

俳優の育成学校に通い、幾多のオーディションを受けました。


しかしオーディションのいずれも結果が出ず、

せいぜいエキストラでCM出演が彼女のキャリアで最も誇れる部分でした。


どんなCMだったか、すぐには思い出せません。


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研修の最終日を終え、

机を並べた受講生へのあいさつもほどほどに、

急いで待ち合わせ場所の新宿へ向かいました。



17時。彼女はやってきません。



「いま起きた・・・」。



メールが届きました。

彼女は前日夜勤シフト。昼まで仕事でした。無理はありません。



「無理しなくてもいいよ。来れたら来て。新宿にいるから。」


こんな返事を送ろうとした直後。



「あと40分くらい待って。急いでいくから。」と彼女からの意外なメール。


僕はタワレコでしばし時間を潰すことにしました。



“Mighty Sparrowの廃盤 奇跡の入荷!”


“絶好調 Perfume 武道館決定!”



カラフルなポップ。

店員の異常な興奮とただららぬ音楽への愛情が伝わってきます。

しかしなぜだか心が晴れません。

この時僕は何かを察していたのかもしれません。



17時45分。


CDを一通り漁った後、本屋で時間を潰しすぎた僕は

待ち合わせ場所に少し遅れて着きました。


今も彼女の趣味は変わっていないようでした。

古着とおぼしき、緑のロングスカートに5分丈の黒いカットソー。

ぺったんこなパンプスも彼女のトレードマーク。



すぐに見つけました。



彼女は開口一番、


「わぁ。オトナやね。」


ニヤニヤしながらスーツ姿を小馬鹿にするその声は

以前よりも少し低め。働きすぎて風邪気味だそう。



「あたしは相変わらず幼いままだよ。」



「元々童顔だからね」と適当なお世辞で返すと、

彼女は遠くをみながら「まぁね」と呟きました。



強い風に吹かれて乱れる栗色の彼女の髪の中に、

白髪がみえた気がしました。

僕は気のせいかなと思いました。




セレクトショップの2階にあるカフェテラスで

出発時間まで過ごすことにしました。



「仕事は大変なんでしょ?」


「出会いとかないのー?」


「札幌は寒いんでしょ?」



質問攻めにあいます。

答える度に大きな瞳をより大きく見開いていちいち驚くその佇まいは

まだ変わっていませんでした。


一通り聞かれ終わり、彼女に聞きました。



「役者の道は順調?」



彼女は目をそらしました。

そして風に吹かれた長い髪を掻き分けてから

ぽつりと一言。



「あたしもう諦めたんだよね・・・。」



チョコレートパフェを一口頬張り、

さらに続けました。



「アパレル店の正社員になったんだ。」


「“正社員になっても女優の勉強はできるから”って言われて採用してもらって。」


「でもね、実際働いてみるともう忙しくて。」



彼女はずっとうつむいたままでした。


そして煌き始めたネオンの方を見ながらこう言いました。



「貧乏してまで女優を目指すのも・・・もうね・・・なんていうか・・。」



ただ頷くことしかできませんでした。

そして気づいたら出発時間。



彼女は改札まで見送りに来てくれました。


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煩雑な乗り換えに戸惑い、

きっぷの値段が分からずオロオロしていると、


「早くしなよ」と彼女はテキパキと

切符を買ってくれました。



「ちょくちょく九州の実家行ってるから空港までの道は慣れてるし。」

彼女は自慢げでした。



次はいつ実家に帰るのか聞くと、


「お母さんにはさんざんわがまま言ったし・・・。

もう実家には帰れないかなぁ。ふふ。」



乾いた笑いの後、彼女はまたうつむいてしまいました。

しかしすぐに僕のほうを向き、



「あたしが北海道に遊びに行ったら、ちゃんと休みとってね。1日でもいいから。」


「ひまわりがきれいな町があるんでしょ?連れてってね。」



大きな瞳が輝きました。

彼女は本当にきれいな目をしています。


夕方の帰宅ラッシュ。

混雑をすり抜けて僕は改札を通り、素っ気無く手を振って別れました。



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帰りの飛行機の中、

彼女が初めてエキストラとして出たCMを思い出しました。



車のCMだったか、清涼飲料水のCMだったか、

はっきりとした内容までは思い出せませんでした。


ただ、そこに咲いていたのはたしか満開のひまわり。

うつむくことなくただ太陽の方をまっすぐに見ていました。



今年の夏は涼しくなるそうです。

でも彼女が来るその日は、

めいっぱい太陽が照りつける日になることを願っています。